サーフィンとスノーボードの魅力を発信し続ける。|RIDE SURF + SPORT 代表 柴田浩次
  • Interview : Toshiya Muraoka
  • Photographs : Satoko Imazu

2023.12.4

高校生からサーフィンを始め、以来もう40年サーフィンを続けているが、「その魅力は尽きることがない」という。スノーボードの深みにもすでに30年以上ハマっている。八王子にあるショップ〈RIDE SURF +SPORT〉の柴田浩次さんは、天気図と相談しながら、毎日のように波に乗り、雪山を滑っている。いわばサーフィンとスノーボード、その背景にある文化の伝道師。自然に耽溺するための「道具」のスペシャリストである柴田さんのハードな毎日に、今年からCBDスポーツバームが加わった。
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サーフボードの多様性は、
サーフィンの豊かさだった。
―どうして八王子でサーフショップを開いたのですか?
柴田 : 僕は生まれも育ちも八王子なので、自然な流れだったんですが、理由を考えてみると、都内に引っ込んでいる分、フィールドが広いんです。もちろん時間はかかるんですが、明日はどこに行こうかなって考えた時に、その範囲がすごく広いんですね。北茨城ぐらいまでは日帰りで行ける。南風だから鹿島や波崎行こうかとか、地形が決まってるから千葉のあそこに行こう、明日は鎌倉の七里ヶ浜かな、とか。
―明日、遊びに行く場所を自由に選んでいると。
柴田 : そう。あちこちいろんなところに行って、「あそこのポイントの波にはこの板がいいよな」っていう考えがエスカレートして、今の店のラインナップになっています(笑)。 でも、店を始めた30年前はそうではなかった。サーフボードを削るシェイパーに頼んで、1インチだけ長さを変えたり、ほんの少し幅を変えたり、いわゆるショートボードの範疇で、とても細かな違いに目を向けていたのだと思います。
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―現在は、さまざまな形状のサーフボードが見直され、多様な乗り方が市民権を得ていますが、柴田さんはその考えを日本に紹介してきたパイオニアのひとりだと思います。競技志向のショートボードから、変化していったきっかけは?
柴田 : 1996年に作られた『Litmus』というサーフムービーがあるんですね。監督は、アンドリュー・キッドマン。ケリー・スレーターというワールドチャンプが出ているからって仕入れたんですが、彼が出ているのは最初のワンシーンだけ(笑)。「何だよ、これ?」って思いながら観ていたんですが、実は今の状況を予知していたかのような、サーフィンの本質がものすごく詰まっていたんです。当時はショートボード全盛で、ほとんどの人が短い板に乗っていましたけど、実はサーフィンにはもっと豊かな世界があることにフォーカスしていた。それにはっきりと気づいたのが、2003年に発表されたアンドリューの2作目、『GLASS LOVE』でした。トム・カレンという往年のヒーローが、スキップ・フライという名シェイパーのフィッシュに乗るんですね。トム・カレンが、ずんぐりむっくりした幅広い板に乗ってる! って。めちゃくちゃ気持ちよさそうに乗っていて、それが僕のフィッシュに乗るきっかけですね。
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―幅が広くて厚みのあるフィッシュのような板は、過去のものだったんですね。
柴田 : 1980年代は、日本は特に経済的な発展に伴って、「新しいものが最高、機能が高いほど良い」という時代でしたよね。サーフボードにおいても同じだったんです。僕らもコンテストサーフィンが最高だと思っていたから。でも、まったく違う哲学の、本当に気持ち良いサーフィンに出会ったんです。おそらくサーファーだったら全員、初めて横に走れた時の感覚を覚えていると思うんです。フィッシュや違う板に乗り始めると、その感覚がもう一度やってくる。当時はあまり商売にならなかったですけどね(笑)。
社会状況と道具は連動し、
新しい面白さが生まれる。
―社会の変化と、サーフボードの変遷は大きくリンクしていると。
柴田 : サーフボードに限らず、ですが、そう思います。最初の革命は、1960年代後半で、ベトナム戦争に反対する人たちが新しいムーブメントを作りましたよね。1965年当時、ロングボードが熟成されて、全員ロングボードに乗っている時代に、ジョージ・グリノーさんが、バンッと板を短くしたんですね。みんながロングボードに乗って、板の上を歩いてノーズライディングしていた時に、ひとりでリッピングをしたり、現代的なサーフィンの乗り方をしていた。きっと異次元すぎて、理解されていなかったと思うんです。だけど、影響を受けた人たちが「俺も板を短くしてみよう」と、1967年に始まったのが、いわゆるショートボード・エボリューション。もしもグリノーさんがいなかったら、いまだに全員ロングボードに乗っていたかもしれない。
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―柴田さんは、サーフィンの文化的側面を伝える役目を担っているんですね。
柴田 : 僕らサーファーにとってグリノーさんはお父さんのようなもの。全員、グリノーチルドレンなんですよ。でも日本では、名前は聞いたことがあっても、何を発明した人なのかはあまり知られていない。
先ほどの映画を撮ったアンドリューが日本に来た時に、縁あって、僕が案内することになったんですね。オーストラリアではご意見番のような人なので、若いシェイパーたちが彼を慕って教えてもらいに行くんです。今はまた、多様な進化の時代で面白いですよ。アンドリューとグリノーさんも繋がっています。そして、彼らグリノーチルドレンがみんな、八王子に遊びに来てくれるんです(笑)。
信頼する人たちと、
シェアする喜び。
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―精神的に豊かになっていくと同時に、身体的にはハードな生活でもありそうですね。
柴田 : 昨シーズン、スノーボードで大きな怪我をしてしまったんですね。氷の塊がパウダーの中にあって、そこに引っかかって大転倒して。ふくらはぎの筋肉の部分断裂とアキレス腱の損傷でした。店に来たお客さんが「これ塗るといいですよ」って、半分使ったCBDスポーツバームをくれたんです。塗ってみたら、「これは調子良いぞ」って。塗り込んでいたら、思いの外、早く治って一ヶ月後にはサーフィンしていました。だんだん調子が戻ってきて、オーストラリアにもひと月トリップに行ってしまったくらい。帰国して、春のスノーボードにもギリギリ間に合って、最後に滑って「良し!」と(笑)。
―シーズン中に完治したんですね(笑)。CBDスポーツバームの気に入ったポイントを教えてください。
柴田 : すごくナチュラルな感じがしたんです。塗ってる最中から心が落ち着く感覚があって、自分に合っていたんでしょう。これは絶対良いものだと使い始めて、もう今では習慣になっています。波乗りして、シャワーを浴びて、帰りの車で塗りながら帰るくらい。
怪我明けのオーストラリアトリップでは、カミさんと二人でキャンピングカーを借りてあちこち旅をしたんです。アンドリューを訪ねて一緒にサーフィンした後に、CBDスポーツバームを塗っていたら「浩次、何塗ってるの?」って。彼は食べるものもほぼ全て自分たちで作っているし、あらゆるものに対してこだわりがある。その彼がすごく気に入っていたので、半分使ったものを置いていったんです。帰国したらすぐに連絡が来て、3つ欲しいと。彼が、「これは間違いないと思ったから、実はグリノーさんにあげた」って言うんです。グリノーさんは82歳になった今でも波乗りをしているから。CBDスポーツバームをつけたら「すごく楽になった」って言ってるから、もう一つプレゼントしたいって。
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―なんと、素晴らしい連鎖ですね。
柴田 : グリノーさんは、気に入らなかったら、もらってもくれないような厳しい人なんですが、すぐに気に入ってくれたらしい。自分が良いと感じたものは、信頼する人とシェアをする。すると、こうやって少しずつ広まっていくんでしょうね。
  • Shop Info

    RIDE SURF+SPORT

    東京都八王子市横山町1−13 小室ビル1F
    042-656-1973
    平日11:00~19:00、土日祝12:00~18:00
    不定休
    http://www.ridesurf.com

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