雪山という自然にも、身体にも、同じ“波”がある。|プロスノーボーダー 藤田一茂
  • Interview : Eri Ishida
  • Photographs : Satoko Imazu

2024.4.25

自然が織りなす雪原の上を、それと呼応するように身体を合わせ滑走する。これを「自然のリズムに乗る」と表現する藤田一茂さんは、フォトグラファー、フィルマーとしても活動するプロスノーボーダー。スノーボードを始めたのは、10代のとき。スロープスタイルやビッグエアといった競技に邁進した時代を経て、バックカントリーをメインフィールドとした“スノーサーフィン”と呼ばれる現在のスタイルへとたどり着いた。rounと出合ったことで身体のメンテナンスにより意識的になったという藤田さんもまた、自分なりのCBD活用法を見つけているようだ。
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どこまでも上を目指せると思っていた20代
――藤田さんのスノーボード歴は20年余り。もともとはスロープスタイルやビッグエアといった競技がまだオリンピック種目となる以前に、日本の先駆けとして活躍されていましたが、競技の道に入ったのはどんな理由からだったのですか?
藤田:遡ると、スノーボードを始めたのは、中学一年の頃でした。友だちと「面白そう」と、なんとなく始めて地元のスキー場で滑ってたんですけど、高校生に上がった最初の冬に、同級生と彼のお姉ちゃんと一緒に滑りに行くことになって。そしたら、その姉ちゃんがめちゃくちゃ上手くて、いきなりジャンプ台でスピンしながらジャンプしたんです。これに衝撃を受けて、「自分もああなりたい!」と、どんどんのめり込んでいきました。そこから自ずと競技の道に入っていったんですけど、正直なところ、その当時は自然を感じながら滑るという感覚は全く持っていませんでした。とにかく誰よりも高く飛んで、いかに難易度の高い技をキメるか。パフォーマンスのことしか考えていなかったし、二十歳そこそこだったので身体もいくらでも潰しが効いたというか。どこまでも上を目指せると思っていました。
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――同じスノーボードでも競技をしていた頃と今とでは、その向き合い方も大きく違うのではないかと思います。振り返ると、このターニングポイントにはどんなきっかけがあったのでしょうか?
藤田:2011年の「TOYOTA BIGAIR」という国際大会で日本最高位の5位に入賞したことをきっかけに、アルゼンチンやニュージーランド、ヨーロッパへ遠征に行かせてもらようになって、海外の文化や価値観、自然に触れていくうちに視野が開けたんでしょうね、競い合うことに違和感を覚えるようになったんです。海外にまで出掛けていっても、競技だと結局やることは同じ、“技”でしかないと。「何やってるんだろう」って、そこにつまらなさを感じ始めていたし、競い合うこと自体にも疲れていた。そんな時に、壮大な景色を背景に大斜面を滑るバックカントリーの世界と出合いました。これを映像や写真に撮って作品を制作するという表現としてのスノーボードというジャンルがあるんだと。
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――それで競技をやめて、バックカントリーへ活動の場を移したんですね。
藤田:この撮影で最初に行ったのがカナダでした。競技のスキルがあればなんだってできると思っていたけれど、実際に滑ってみたら、それまでパークで培ってきたことはほとんど通用しないくらい別物だったんです。当然、同じコースを繰り返し練習するなんてことはできない唯一の一本に全てを注ぐという世界に魅せられて、映像を撮るほうも同時に学ぶようになりました。でも続けていくうちに、結局はこれも「誰が一番いいジャンプが飛べるか」という競い合いなんだということに気づいてしまったんですよね。そんなときに、「GENTEMSTICK」という“スノーサーフ”を提案するスノーボードメーカーとの出合いがあった。「波と雪は似ている」という視点から生まれたブランドで、このつくり手も含めたコミュニティの中には「子どもの頃からスノーボードしかしてこなかった」ような50代60代のかっこいい大人たちもいて、こういう道があるんだと思えたというか。そのとき自分は20代後半でしたけど、自然の中で滑るというスノーボードの本質的な楽しみをやっと見出すことができたような気がして。このスノーサーフと自分が思うフリースタイルを掛け合わせることで、このシーンをアープデートさせていきたいという思いも湧いてきました。
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――今、藤田さんが携わっている白馬五竜スキー場のコースづくりにも、その考えが生かされているんでしょうか?
「波と雪は似ている」というのはまさにその通りで、天候や環境によって雪の降りかたも積もりかたも刻々と変わっていく。同じ瞬間は二度とないからこそ面白いんだけど、整備されたゲレンデでは感じづらいところもある。僕らは、平らな斜面を整備するというよりも、滑るたびに新しい発見が得られて、ここでいく通りもの楽しみかたが生まれるようなコースづくりをコンセプトにしています。これを僕らは“地形コース”と呼んでいるんですけど、子どもでも高齢者でも、ボーゲンのスキーヤーから本格的なスノーボーダーまで、誰もが雪山の楽しさを再発見できるような場づくりとも言えると思います。
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――より自然のフィールドを意識したスタイルに変わっていく中で、藤田さん自身の身体への向き合いかたにも変化はありましたか?
藤田:今の家に引っ越して1年になるんですが、その前に暮らしていた家では、5年くらい家庭菜園をしていたんです。ちょうどバックカントリーを始めた時期でもあったんですけど、種を蒔いて野菜が育って、収穫して、という土の循環を見ていると、自然のサイクルは今の人間の生活よりももっと長いスパンで変化していることがわかります。天候など、さまざまな環境から常に影響を受けているから、一定ではなくて揺らぎがある。rounのコンセプトにも「からだの波をととのえる」と書かれていて、それは身体にも言えることだなと、腑に落ちる感じがありました。
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――rounのアイテムは、何を使っていますか?
藤田:一番は、やっぱりスポーツバームかな。最近は、膝を痛めているので、毎日塗っていて助けられてますね。怪我が絶えないので、これは必需品になりました。あと、スキンケアシリーズも毎日使ってます。パートナーから「お手入れしなさい」と(笑)。
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――スノーボードは、日焼けがつきものですしね。CBDの特性としては、炎症を抑える効果が期待できるものなので、ぴったりかもしれません。
藤田:最近は、夏にサーフィンもするので余計に紫外線ケアが必要だと思っています。自分が一番気に入っている使いかたは、温泉×ドロップオイル。熱いお湯に長く浸かるのが苦手なんですけど、温泉に入る前にドロップオイルを摂るとリラックス度が増すのか、長く浸かっていられるんです。なのでこれもお風呂セットに常備してます。でも単純に、自分も30代後半に差し掛かって、ケアしていかないといけない年齢になってきたんだなというのは感じていて。昔の怪我の蓄積もあるし、怪我をしても治りが遅くなってきている。身体とより向き合わないといけないなと思っていたときにrounと出合ったのもいいタイミングでした。年齢に抗うというよりも、自分はこの先も何十年と滑り続けていきたい。そのために必要なケアは積極的に取り入れていきたいと思っています。
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  • Profile

    藤田一茂 / Kazushige Fujita

    スノーボードとサーフィンを融合させた滑りのスタイル”スノーサーフ”を追求するスノーボーダー。スキー場のコースプロデュースやガイドサービスなども手掛けるなど活動は多岐に渡る。持ち前のライディングスキルと掛け合わせ様々なブランドのアンバサダーを務める。

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