クラフトへの好奇心から生まれたCBD×ハードサイダー|Son of the smith 醸造家 池内琢郎
  • Interview : Eri Ishida
  • Photographs : Satoko Imazu

2024.5.28

CBD・CBNは、一般的に心身を整えるサプリメントのように捉えられているけれど、これを“楽しむ”ことができれば、もっと身近なものになるかもしれない。そんな発想から、CBD・CBNを使ったハードサイダー(りんごの発泡酒)が誕生しました。このつくり手は、長野県大町市で2019年に創業したハードサイダーの醸造所「サノバスミス」。北アルプスの山々がもたらすミネラルたっぷりの水源、りんごの栽培に適した標高と緯度、“おいしいりんご”を栽培する上でこの上ない地理的条件が揃うこの町で、りんご農家を継承する3代目、4代目と、科学者やデザイナーなど、同じ地元の異業種のメンバーがともに、“同じものは二度と作らない”という考えのもと、ユニークなクラフトハードサイダーづくりを行っている。科学的視点と、科学では計りきれない有機的な自然への眼差しが掛け合わされた、彼らの探究心旺盛なものづくりにrounが共感したことから始まった、今回のハードサイダーづくりについて、「サノバスミス」で“ハカセ”と呼ばれる醸造責任者で科学者、池内琢郎さんにお話を伺いました。
image
―クラフトビール、クラフトジンなどに次いで、ここ数年の間に「ハード・サイダー」も盛り上がりをみせていますが、まずは初歩的なこととして、同じ“りんごの発泡酒”である「シードル」との違いについて教えていただけますか?
池内:ざっくりと言えば、りんごの原産地によって呼びかたが違うというだけなんです。“りんごの発泡酒”の発祥の地、フランスでは「シードル」と呼ばれ、イタリアでは「シードロ」、イギリスでは「サイダー」、それがアメリカに渡って「ハードサイダー」と呼ばれるようになりました。アメリカで「サイダー」と言えばジュースを指すので、アルコールとの差別化として「ハード」がついたのだと思います。りんごは野生種を含めると世界で10万種類あって、名前がつけられたものに絞っても1万5000種ある。それぞれ産地の気候風土や栽培品種、発酵の技法などによって味わいに違いが出てくるんです。
image
―「サノバスミス」を立ち上げるにあたって、イギリス・サマーセットやアメリカ・オレゴンの醸造所で修業されたとのことですが、結果的にハードサイダーを作ろうと決めたのにはどんな理由があったのでしょうか?
池内:りんごで醸造酒を作ろうという人たちは、だいたいイギリス系かフランス系を完成形として目指すんです。でも、そもそもヨーロッパでは、気候風土に合ったタンニンの多い醸造用の品種を使っているのに対して、日本では生食用の品種しか栽培されてこなかった。ひと昔前の日本のワインづくりと同じ状況で、いくらヨーロッパの品種を日本で栽培しても、そもそも風土が違うので本場には敵わないんですよね。それに対して、アメリカ西海岸はタンニンの少ない生食用の品種を使った“モダンスタイル”で作られていました。中でも、ポートランドのハードサイダーは、クラフトビールの盛り上がりと地続きにあって、自由な発想で新しいものがどんどん作り出されていた。その好奇心旺盛で文化的なムードも含めて魅力的に映ったんです。ポートランドは、ビールの原料であるホップの産地でもあるので、ハードサイダーにもホップが入っていて、りんごの甘味や酸味だけでなく、程よく苦味があるというのもよかった。僕らもりんごだけでなくホップも自家栽培して、ハードサイダーを“ジャパナイズ”させようとスタートしました。
image
―ホップが入っているかどうかが、シードルとハードサイダーとの一つの違いでもある。ホップとCBD・CBNには、“苦味”という共通項もありますね。今回作っていただいたCBD・CBNハードサイダーの特徴について教えてもらえますか?
池内:rounの方たちとは、当初ホップとヘンプは同じ麻科の植物なので親和性がありそうと話していました。僕らは基本的に同じ素材を繰り返し扱うことがないので、CBD・CBNについて知見のないフラットなところから分析を始めたのですが、紐解いてみても特徴的な要素は苦味に集約されていました。ベースのりんごは、日本の生食を代表する品種「ふじ」をメインに使っているんですが、ここに苦味が加わると複雑味が出て余韻が長くなります。この“余韻”が、おいしさでもある。「ふじ」は、普通に発酵させると面白くないので、醸造の技法としては細かいアレンジを加えています。技法については、話したいことがたくさんあるんですが……、それを説明するにはマニアックすぎるかもしれません(笑)。それから、これに何かアロマを載せたいと思って、ブルガリアで高地栽培された香り高い原種のラベンダーを加えました。
image
image
―「同じものは繰り返し作らない」という「サノバスミス」のフィロソフィーは、どういう考えからきているのでしょうか?
池内:すでに知っている素材だと、どうしても想像の枠に収まってしまう。想像を超えたものづくりを続けていきたいという意味で「同じものを作らない」というのもあるし、裏を返せば「作れない」とも言えます。醸造の技術はどれも科学的に説明のつくもので、その技法は世界中さまざまにあって今もなお開発されている。でも一方で、りんごの栽培は、人間にはコントロール不可能な自然が相手なので、その味わいには常に科学では説明のつかない“ゆらぎ”があるんです。たとえば、今回rounのハードサイダーに使ったりんごは2022年のものですが、この年はとても雨が多く、ノルマンディーやブルターニュに似た天候だったので、糖度があまり上がらなかった。だから、醸造にはフランスの技術を採用しました。これと比較して、2023年は雨が少なく気候変動による高温障害に悩まされ、収穫量は減ってしまったものの個性的な収斂味や酸味があった。こうして同じ土壌で同じ品種を栽培しても、その時々の環境によってまったく違う味になるんです。
image
―そうして外的な要因に味わいが左右されることを大前提として、技術の方をそれに合わせていくという。
池内:そうですね。自然が相手だと、いつも何かしらのハプニングがあるので、地球環境と対峙するために新しい技法を探究していると言ってもいい。そもそも「サノバスミス」の酒造りは、環境問題も然り、外的要因から売りものにできなかったりんごを生かすために始めたことでした。品質も味も他と比べても遜色のない、むしろそれ以上のものなのに、変形していたり虫食いがあったりするだけで1キロ10円まで値崩れしてしまう。それを10円で売るくらいなら、自分たちで加工しようと。経済的な理由というよりも、りんご栽培をとり巻く自然環境への敬意のようなもの。それを飲むとその年の印象的な自然の風景が蘇ってくるようなものづくりが、人生を豊かにすると思っているんです。
image
―物理や化学を専門としてきた池内さんが、作り手としてそうした考えを持っているというのも「サノバスミス」の独自性で魅力なのだと感じます。池内さんは、何をきっかけに醸造の道に入ったのですか?
池内:専門は「有機合成」で、博士課程1年目のときに国費で南アフリカに留学したんです。同じ空間で実験ばかりしているとストレスが溜まるから、息抜きに研究仲間と町にワインでも買いに行こうと。いろんな種類のワインを買って飲み比べるうちに、それぞれの分子を測定して実際の味覚と数値をすり合わるという遊びを始めたんです。これが面白くなって、それを裏付ける論文まで探したりするようになった。それで、日本に帰ってきたら、りんご農家2人でハードサイダー造りを始めたものの少し行き詰まっていた今の代表と知り合って、分析を手伝っているうちに、一緒に「サノバスミス」を立ち上げることになりました。
image
―分子レベルで言えば、確かに同じものを作る必要がないくらい、無限の可能性がありそうですね。
池内:日本のハードサイダー・カルチャーは、まだ始まったばかりですが、僕自身は、蜂蜜と果実を合わせたメロメルというお酒や、樹液を発酵させたコンブチャ酒など、ハードサイダーの領域を超えたものを作り始めている。音楽のジャンルのように、カテゴライズできないものをどんどん作って、味覚の領域を拡張させたいと思っているんです。それこそが文化だとも思うから。そうすることで、国を超えて意外な共通項が見つかることもあるかもしれないし、境界すら壊すこともできるかもしれない。日本は外からのいいものを取り込んで、それ以上のものを作ることに長けているじゃないですか。そういう意味で、ハードサイダーを“ジャパナイズ”していくことに、僕はすごく興味があります。
―ワインでいうナチュールのように、一期一会の自然を味わうという意味で、今回のCBDハードサイダーだけでなく、他のラインナップと飲み比べるのも楽しそうですね。
池内:味覚にフォーカスして飲むと、より違いを感じてもらえるんじゃないかなと思います。最近、よく子どもの食育で「味覚を育てよう」などと言われていますが、それは味覚という電気信号の回路が増えることで五感が開花し、感性が磨かれていくから。大人になってしまうと、体験したことのある味だと“懐かしい”と言って飲めるけれど、体験したことのない味だと受け入れるのが難しいんですよね。でも、難解でもそこを乗り越えて拡張していくことはできるんじゃないかなと思って作っているところもあります。それから、りんご栽培でいえば、歴史に学びながら日本で醸造用品種を栽培するというチャレンジを始めて、新品種開発にまで発展しつつあります。これが5年10年という長いサイクルの中で新しい品種が日本の土壌に馴染んでいき、醸造技術がさらに蓄積されていけば、次の世代に受け継ぐこともできる。その頃には、どのくらい味覚が拡張され、記憶に刻まれているだろうと想像すると、また楽しみが広がりますね。
image
  • Profile

    池内 琢郎/ Takuro Ikeuchi

    Son of the smith 醸造責任者
    信州大学大学院総合工学系研究科専攻。専門は有機合成。 https://www.hardcider.jp/

商品情報

Back to Journal